見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の、月曜の夜。
全天に渡る闇の下には、光を放つ土地があった。それは、街だった。
その街の中央、線路の束の集う場所には大きな白い建築物があった。
それは地上数十階建ての駅ビルだ。
そのビルの屋上から、人生に失望し、街を見下ろしている自殺志願者の少女がいた。
「尺の小躯をもって戸の此大をはからむとす・・・。
オレーショの哲学・・・竟に何等のオーソリチーを値するものぞ!
万有の真相は唯一言にして悉すつまり、『不可解』と言う事。
我この恨を懐て煩悶、終に死を決す。何故なら、大なる悲観は大なる楽観に一致するからである」
藤村操の辞世の句を念仏のように提唱する少女。
転校した学校での虐めを苦に、自殺を決意していた。
舞台は数時間前のとあるスーパーに移る。
ここの近くに住む小汚い無職の青年は、何時ものように時間を持て余していた。
スーパーの試食コーナーを物色したりして、ただ時間が過ぎる日々だった。
すると、ドリンクコーナーで我が目を疑う青年。
「スイカソーダってなんだよ!!」キリン○、スイカソーダが57円で特売されていた。
何度も訪れているその場所で始めて見る商品名だったのだ。
ニンテンドーDSのソフト『超執刀カドゥケウス』を新品で購入するぐらいのチャレンジャーである青年は、思い切ってそれを購入する。親の脛を齧っているし、携帯からネットをしているし、他人のブログで当たり前のように楽しんで、楽しんで無いフリをしているので、それ一つだけを買うことに対して、今更羞恥心なんて沸くはずがない。
何故ならそれらの行為より恥ずかしい行為なんて存在しないからだ。
「まじぃ!!」一応飲んでみるが、案の定ヤクルトの容器一本分つまり65mlも飲めずに降参した。
「なんで俺はこんなもん買って飲んだんだ・・・畜生」
たった一つの過ちが引き金で、なんで自分は無職なんだ、なんでAKB48が彼女じゃ無いんだ、なんで自分はジャニーズじゃ無いんだ、なんで矢部っちは岡村さんがいないのに頑張れるんだと、悪い方向にばかり考えてしまう青年。
「やってられるか!」と叫び、走り出す。
こんなものを購入した自分自身のこのくだらなさ・・・もとい、
愛情、高揚感、再生、喜び、怒り、哀しさ、楽しさ、美しさ、虚しさ、尊さを誰かに伝えたかったのだ。
近くのビルの屋上から街に向かって叫び、スイカソーダを放り投げてやると決意していたのだ。
数時間後、ビルの屋上に立ち入ると、陰気な顔をした先客の少女がいた。
「おいお前、どうしたんだっ!?」
対照的に、陽気な口調でその少女に馴れ馴れしく話しかける青年。
「とめないでください! 苦しみから逃れて、意識を永久に終わらせるんです・・・」
「なんだかよく解らんが、聞けよ。いや、聞いてくれよ。頼む。 実はな・・・スイカソーダが57円で安かったんだけど、マズかった。だけど、美味いマズイなんて主観的なものだろ? だから俺は、スイカソーダを美味しいと言う人に出会うまでは絶対に死ねないんだ」何故か自分語りをする青年。
「・・・」
「・・・」
二人の間に、しばしの沈黙が続く。
「そうなんですか」と、沈黙を断ち切るように少女が口を開くが、既に視界には青年の姿は無かった。
「幻覚だよ。スイカソーダなんてあるわけないじゃん、バカにして・・・」
とポツリと言うが、「でも、もしかして・・・」と思ったので、自分の目でスイカソーダを拝むまでは生きてみるかと思い直した。
翌日、新聞の三面記事では『無職男性自殺。遺書には、スイカソーダがマズすぎたからと書かれており、』という報道がされたが、 少女がそれを見る事は無かった。