・・・2010年・・・。
熊本県熊本市、ここに住む25歳の彼は、
『北乃きいの元彼氏』と言う事以外は特に自慢出来るものが何も無い可哀想な青年であった・・・。
しかも北乃きいがまだデビュー前に一緒にチャットしただけの仲なのだが、
「チャットしたんだから恋人だろ?」と言い張っている実に危険な人物である。
2009年の年末、ネットで出会い恋に落ちた彼女に会いに熊本から埼玉まで行ったのだが、
約束の時間、場所に彼女は現れず裏切られ、自殺未遂で警察に保護された事もあった・・・。
そしてこんなニュースが流れた・・・。
・・・北乃きいが熱愛報道を謝罪「お仕事第一で頑張ります」・・・。
と。
「ふざけやがって・・・どいつもコイツも俺を裏切りやがって・・・」
それが決定打になり、彼は復讐する事にした。ほぼ逆恨みなのだが・・・。
裏切られた彼女の住所が埼玉である事から、埼玉県民を殺そうと決めた。
北乃きいと埼玉には特に接点は無いが、
「埼玉の女に裏切られたから埼玉県民を殺した・・・俺以外に下半身使わせた北乃きいのせいでもある」
と供述しようと決意していた。
そして親から盗んだ金で飛行機に乗り東京まで向かう彼・・・。
着いたら即埼玉へと足を踏み入れた。
「(誰でもよかった・・・だな)」
お決まりの台詞も容易しており、埼玉を適当に徘徊し殺す対象を物色していた。
そこが埼玉の何処なのか、彼の知る所では無かった・・・。
悪魔に魂を売り、50年の寿命と引き換えに『ワンピースのクロコダイル』ばりの強さを手に入れていた。
一般人程度なら瞬殺であろう・・・。
児童が集まっている公園だった。
老い先短いジジイババア・・・オジいさんオバアさんより、
児童を殺した方が話題性は高いだろうと目論んでいた。
「(お前等には何の恨みも無いが・・・悪く思うなよ・・・)」
と、力を解放し集まっていた児童を皆殺しにしようとすると・・・、
「お兄ちゃん、なにむずかい顔してるのぉ?」
身長100ちょっとの、坊主頭で活発そうな子供が気安く話し掛けてくる。
「(なんだコイツ・・・)」
と思いつつも、何故か憎めない何処か懐かしいその特徴的な容姿に好感が持てた。
「チョコビ食べる?」
ワニみたいなキャラクターが特徴的な円筒状の緑色の容器から、
ビスケットみたいなお菓子を取り出し差し出す少年。
「ああ、ありがとう・・・」
素直にそれを受け取り頬張る彼。
「お兄ちゃん、何かなやみごとがあるなら聞いてあげるけど?」
生意気な口調でそう言って来る坊主頭の少年。
「・・・」
暫く沈黙したが、皆殺しにした後自分も死のうと決意していたので、話ぐらいは・・・と思った。
今回無関係な人達を殺す旨は伏せ、埼玉の女の話を詳しくしたが少年は、
「本当にその女の人のこと好きだったのおぉ・・・?」とあっけらかんと尋ねて来る。
返答に悩む彼・・・。
「オラはななこお姉さんのこと好きだけどね・・・!!」
どうやら一人称は「おら」らしい。
「もうぅ~・・・ダメだぞぉ、理由もなく恨むなんて。ちゃんとごめんなさいしなきゃ・・・」
と言われ、思わず謝る彼。
不思議な感覚だった・・・。何故か少年と話してると、心が安らぐ彼。
図々しくも生意気な少年だが、決して不愉快にはならない、心地良ささえも感じていた。
少年と話している内に何時しか彼の殺意は消えていた・・・。
「かすかべ防衛隊の一員になれば?」と言われたが、遠慮した彼。
どうやらここは埼玉の春日部であったらしい・・・。
「で、お兄ちゃん、何しに埼玉まで来たのぉ?」
「いや、もう・・・いいんだ・・・」
込み上げてくる涙を堪えそう伝える彼。
「そう? じゃあ、みさえに怒られるからオラは帰るね」
何やら怯えながら帰ろうとする少年。
「あっ、名前・・・?」
言い終わる前に、少年は視界から消えていた・・・。
「みさえ」と言うのが母親なのか姉なのか祖母なのか宇宙人なのかは定かでは無い。
「まぁ、いいか・・・さてと、
母ちゃんのお土産にさっきのチョコベってお菓子でも買って・・・
帰るか」
・・・後日・・・埼玉県春日部市・・・。
あるボロアパートの一室。
現在五歳の少年、『真一(しんいち)』は、
本当なら幼稚園等に通っているはずの彼は、虐待されていた・・・。
ロクに食事は与えられず、勝手に遊びに行こうものなら、酷く殴られた。
かろうじて、『クレヨン』を与えられていた・・・。
それだけが、少年の遊び道具だった、それだけが、少年の世界だった。
少年がつい先日、熊本の青年と心の交流をした事は、誰も知る由がなかった・・・。
そして少年は、死んでしまった・・・。
・・・遅かった・・・。
警察が部屋の中を捜索していると、
「警部、これ・・・」
と新米の刑事が警部に、死んだ少年が『クレヨン』で描いていた絵を差し出す。
「ほぅっ・・・」
そこには、自分自身を初めとして優しくも厳しい母が、
普段は頼りないが、いざという時には愛する妻や子供たちのために命すらも差し出せる父親・・・。
大好きな幼稚園の仲間達、ちょっと怖いけど本当は優しい園長や先生の名前が・・・。
そして、生まれたばかりという設定の『向日葵(ひまわり)』の様な妹、
飼い犬のシロという名前と似顔絵まで、具体的に描かれていた・・・。
「彼が望んだ世界だったのかも知れないな・・・
クレヨンで描かれたこの世界は・・・
『クレヨンしんちゃん』か・・・今度生まれて来た時は、きっと、
こんな楽しそうな家族や仲間たちと共に過ごせるよ、しんちゃん・・・」