
月曜の夜。全天に渡る闇の下に、光を放つ土地があった。それは、街だ。
その町の中央、線路の束の集う場所には大きな白い建築物がある。
それは地上九階建ての駅ビルだ。
そのビルの屋上から、人生に絶望し、街を見下ろしている自殺志願者の少年がいた。
「嫌だ・・・生きているのが・・・楽しくない。嬉しくない。
この世界にいる意味なんて無い。目指してた夢も、何時からか消え失せた・・・
僕は、この世界にサヨナラをする・・・」
今いるここは、星の見えない都会の一番美しい景色が見える場所。
空の光が全て地上に降りて来たんじゃないかと思うほど都会の街は美しい。
愚かな人間たちが築き上げて来たものが、今、一つの光となって見える様だ。
世界が消えればいいと思った、全員死ねばいいと思った。
だが・・・それを思っている自分が死ねば簡単に解決すると思った。
「僕はこの世界にサヨナラをする。靴を脱いで、遺書なんて無い・・・なんにも無い」
男性自殺者が一番多い曜日は月曜日であるらしい。
これは『サザエさん症候群(ブルーマンデー症候群)』の影響があるとされている。
そして舞台は数十分前、ボロアパートの一室に移る。
ここに住む小汚い青年は、何時もの様にネットに勤しんでいた。
「ぶっ!!」
青年は思わずそう言い、噴出した。
日本一の大手通販サイト『Amazon.co.jp(アマゾン)』を閲覧していたのだ。
噴出した理由は、そのサイトの機能の『最近チェックした商品』であった。
文字通り『最近チェックした商品』が画面の下側に数個表示される、
下手したら離婚や絶縁にまで陥ってしまう実にお節介な機能である。
そしてその青年のパソコン画面には、
『最近チェックした商品 ・・・美尻の奥さん(マドンナメイト文庫) 著:藤堂慎太郎』
と表示されていたのだ。
「ぶはははあぁぁぁぁぁああああああああぁぁっ!!」
青年は狂喜乱舞して飛び上がり、思わず部屋から出て行った。
こんなものを閲覧した事実を突きつけられた、自分自身のこのくだらなさ・・・もとい、
愛情、高揚感、再生、喜び、怒り、哀しさ、楽しさ、美しさ、虚しさ、尊さを誰かに伝えたかったのだ。
近くのビルの屋上から街に向かって叫ぼうと決意した。
ビルの屋上に立ち入ると、陰気な顔をした先客の少年がいた。
「おいお前、どうしたんだっ!?」
対照的に、陽気な口調でその少年に馴れ馴れしく話しかける青年。
「とめないでください! 僕はもう終わりにするんです・・・
痛みから逃れて、意識を永久に終わらせるんです・・・」
「なんだかよく解らんが、聞けよ。いや、聞いてくれよ。頼む。
実はな・・・アマゾンの、最近チェックした商品で、『美尻の奥さん』って表示されてた」
「・・・」
「・・・」
二人の間に、しばしの沈黙が続く。
「ぶっ」
少年はグッと耐えていた様だが、遂には耐え切れず軽く泣き笑いし、噴出した。
「アマゾンの、最近チェックした商品で、び・・・『美尻の奥さん』って表示されてたんですかぁ!?」
二人は声を合わせて高笑いした。
そして暫く時間が経過した後、二人で街に向かって、
「アマゾンの、最近チェックした商品に、『美尻の奥さん』が表示されてたああぁぁぁっ!!!!」
と叫ぶが、喜んでる人にも、怒ってる人にも、哀しんでる人にも、楽しんでる人にも、
タモリの物真似してる人にも、児童虐待してる人にも、自殺しようとしてる人にも、
ヤフー知恵袋で質問開いたのに「回答出来ない><」と自ら人権放棄した家畜鬼畜ゴミにも、
このブログ見たけど「見てない見てない楽しんで無い楽しんで無い><」と毎日が4月1日気分のお前達にも、
ベトナムで今にも餓死しようとしている子供達にも、誰にも届かなかった。
余りのくだらなさにやられて歓喜した少年は、この世界は絶望と痛みだけだと思い込んでいたが、
こんなくだらない事で人間(ひと)は笑えるのかと再確認し、
何時の間にか少年は、
「なんか、今死んだら負けの様な気がする・・・」と死にたい気持ちが失せていたが、
違うビルの屋上では・・・、
カップルがイチャイチャして女が自慢の美尻を男の上で振っていた。
奥さんでは無かった様だが・・・。
余談ではあるが、アマゾンで、最近チェックした商品に『美尻の奥さん』が表示されてたこの青年は、
借金総額1000万以上の多重債務者であった。