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気持ち悪い、気持ちいい。慈しみ、憧憬、狂気、いたわる心、不安。
憎しみ、怒り、希望、絶望、高揚感、焦燥感、真実、偽り、欲望、無償、堕落、再生・・・。
「めんどくさい・・・」
熊本県熊本市に住む、佐藤健ばりにイケメンの青年は、
ネットで知り合った女の子に対し、片思いで悩んでいた。
自分なんて単なるチャット相手の域を超えない存在だということも、弁えていた。
それでも、振り向いてくれないかなと夢を見る。夢はあくまでも夢でしかないが。
色んな感情が否が応でもうずまき、切なくて仕方がない日々をすごしている青年。
ある日のバイト帰りの夕方のアーケード街、
通りすがった店では、KinKiKids(キンキキッズ)30枚目のニューシングルにして最高傑作の、
Family~ひとつになること(作詞:堂本剛。作曲:堂本光一)が流れていた。
青年に、サラリーマン風の中年が声をかけてくる。
「もしもし、そこのあなた」
「あっ、はい?」
いつもなら街中でのこの手の声かけは迷わず無視なのだが、何故か気まぐれで答える青年。
「恋愛の事で、深く悩んでますよね? 可哀想に・・・」
一点の曇りも無い真っ直ぐな瞳で青年を見詰める中年。
「はっ、はいっ・・・。そうなんです、苦しいんです」
見透かされ、はんばヤケクソ気味に白状する青年。
「ではこれをあげましょう」と、一個の飴玉を差し出す中年。
「なんですかこれは?」
「魔法の飴玉です」あまりにも真剣な眼差しで答える中年。
「魔法の・・・飴玉?」不審に思う青年。
「はい。それを一個食べたら、あなたの中から『恋愛感情』が完全に消滅します」淡々と説明する中年。
「本当ですか!?」と驚き、信じる方に傾いてる青年。
「ええ。本当ですよ。面倒な感情なんて無くなる方がいいですよね? わかりますよ。でも、食べるかどうかはあなた次第です」と言い終えると、青年の視界から消えて行く中年。
普通に考えなくても、どうにも怪しい話だ。
「だが・・・」青年は、わらにもすがる思いだった。
もう、絶対に成就しない事がわかりきっている恋愛感情に振り回されるのはごめんだ・・・と。
意を決し、飴玉を口の中に放り込む青年。
それを遠くから見物していたサラリーマン風の中年。
「単純そうな若者に、当てずっぽうに『恋をして辛いですね?』と声をかければ、当たるものですねえ。
この暇潰しはやみつきになりそうですが、今日でやめるとしますか」
と呟き、全国のコンビニ等で普通に売られている飴玉の袋をゴミ箱に投函し、
その場を後にするサラリーマン風の中年。
それから数日後。
『食べれば恋愛感情が無くなる魔法の飴玉』を食べて『恋愛感情が無くなったと思い込んだ青年』は、
数日前の鬱屈した自分を吹っ切り、充足した日々をすごしていた。
「いやー、恋愛感情が無い俺って凄いなー。恋愛しない俺ってカッコいいぜ全く。他の凡人どもどは違うんだぜ、恋愛感情なんかに振り回されない俺はな。ははは」
と、恋愛感情が無くなった自分に酔いしれ、そんな自分に恋をしていた。
つまり、『食べれば恋愛感情が無くなる魔法の飴玉』を食べる前の、
女の子に恋をしている自分に恋をして恋をしてる自分に酔いしれてた時と何一つ変わってないのは、
言うまでも無いであろう。